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2014.05.13

ユネスコ世界文化遺産「河回村」 ガイド

ユネスコ世界文化遺産「河回村」 ガイド

安東河回村はソウルから車で3時間程の距離にあります。
ソウルから日帰り観光ができます。

安東市の南西に位置している河回村は韓国を代表する両班(朝鮮時代の支配層)村で、朝鮮時代の住宅様式と村の形態がそのまま残っている場所です。河回村は韓国でよく見られる背山臨水(山を背にし、前には水が流れる地形)の形態をしていることから夏は高温多湿、冬は低温乾燥という気候です。河回村にある建物はこの気候に合った構造、儒教の礼法に基づいた造りになっています。また、村の三面が洛東江に囲まれていて水が回って流れるという意味で河回村と呼ばれています。2010年にブラジルで開催されたユネスコ世界遺産委員会において「韓国の歴史村」として慶尚南道慶州市にある良洞村と一緒に世界文化遺産に登録されました。

河回村のみどころスポット

 北村宅(和敬堂)

270年を越える歴史を持つ北村宅は朝鮮時代の位の高い役人であった柳師春(ユ・サンチュン)が1797年に万寿堂を建てたのが始まりで、その後、朝鮮時代の文官だった柳道性が1872年に建て増し(アンチェ(母屋)やサランチェ)をして現在の形になりました。 和敬堂という名称は「和」をもって両親に仕え、「敬」をもって王に仕えるという意味がが込められています。重要民俗資料第84号に指定されています。
この北村宅は宿泊も可能です。俳優のペ・ヨンジュンさんが宿泊したことでも有名で、多くの日本人観光客が宿泊を希望する場所のひとつです。

参神堂 神木

参神堂には樹齢600年の大きなけやきの木が立っています。昔、この場所は村人達の憩いの場でした。この参神堂のご神木に出産や繁盛など祈りを捧げれば願いが叶うと信じられています。現在は、願い事を書いた紙が結ばれたしめ縄がご神木を囲むようにして引かれています。

養眞堂



豊山・柳氏の総本家で15世紀に柳従恵(ユ・ジョンヘ)が河回村に来て初めて建てた家で、養眞堂は河回村にある建物の中でも広い建物です。1963年に宝物第306号に指定されました。壬申倭乱の際に火災に遭い、何度も建て直した跡が今でも残っています。養眞堂という名称はこの建物の大規模な修復を行った柳泳に由来し、また、サランチェにかけられている懸板に「立巌古宅」と書かれた文字は、柳雲龍と柳成龍の父である立巌・柳仲郢の号に由来しています。

忠孝堂

儒学者である柳成龍の宗宅で宝物第414号に指定されています。彼の子孫や門下生達が追悼の意を込めて建てました。「忠孝堂」という名称は「国に忠誠をもって仕え、両親には孝行しなさい」という柳成龍の言葉に由来しています。1999年にエリザベス女王も訪問した場所で、庭に訪問記念樹があります。

永慕閣

永慕閣は忠孝堂のサランチェの右側にあり、朴正熙元大統領の命令によって1966年にオープンした柳成龍の遺物を保管している展示館です。国宝第132号「懲毖祿」や宝物第160号「柳成龍宗孫家文籍」、宝物460号「柳成龍宗孫遺物」などとても貴重な文献や遺品が数多く納められています。

澹然齋

朝鮮時代の儒学者である柳成龍の子孫が住んでいる伝統家屋で、韓流スターリュ・シォンさんの実家としても有名。「澹然齋」は清く澄んでおり、穏やかな心を持つことができると言う意味が込められています。1999年にエリザベス女王が訪問した際に澹然齋の広い庭でお誕生日のお祝いをしました。

南村宅(念行堂)

忠孝堂と共に、河回村の南エリアを代表する家屋です。1954年の火災で建物の一部が焼失してしまい、現在は大門間棟、離れの建物、位牌を祀る祀堂だけが残されています。重要民俗資料第90号に指定されています。

河東古宅

1836年に柳教睦が建立しました。河回村の東側にあることから「河東古宅」と呼ばれています。建物の形が「コ」の字型をしているアンチェ(母屋)と西側に突き出るように建っているサランチェが連なっていて「弓」の字型をしています。重要民俗資料第177号に指定されています。

養吾堂

柳万河が忠孝堂から分家して建てた家です。その後、彼の息子である柳跡章が増築しました。サランチェ、門間棟、アンチェ、一角門に向かい合っている祠堂がある典型的な伝統家屋の形をしています。大門の前に塀を作り、奥が見えないように配慮されており、朝鮮時代の男女有別の思想が反映されています。重要民俗資料第91号に指定されています。

万松亭 松林

洛東江の沿岸にある松林で天然記念物大473号に指定されています。風水地理学によって村の西側は気が弱いため造られた人工林です。万松亭と芙蓉台の間に火の綱を渡して行う韓国伝統の花火である「河回ソニュチュルプルノリ」が行われる場所です。

 楽古斎

楽古斎は風流を感じながら韓国の伝統文化を体験できる複合文化空間です。洛東江のほとりにあり、芙蓉台が正面に見える場所にあります。宿泊はもちろんのこと、韓国の伝統料理や音楽を楽しむことができます。楽古斎は4棟のチョガチプがあり、オンドル(床暖房)の炊かれた暖かい部屋で職人が焼いた陶磁器でお茶を飲むことができます。チムヂルバン(韓国式サウナ)や各部屋に設置されたヒノキ風呂でリラックスした夜を過ごすことができるでしょう。

エリザベス女王訪問記念館

イギリスのエリザベス女王が河回村に訪れたのは1999年4月のことです。エリザベス女王の訪問により、河回村は韓国を代表する民俗村へと急成長し、国内外の観光客達の注目の場所となりました。館内にはエリザベス女王の訪問の様子や歓迎する住民達の姿を映し出した写真が数多く展示してあり、当時の様子を振り返ることができます。

河回世界仮面博物館

河回世界仮面博物館は河回村の入口にあり、韓国と世界のお面を展示した博物館で1996年にオープンしました。お面(タル/탈)とタルチュムに関する写真や資料とお面を作る材料などが展示されています。第1展示室~第5展示室まであり、第1展示室は韓国のお面が展示してある韓国館、第2展示室はアジアのお面が展示してあるアジア館と地域別になっており、第5展示室は特別展示室となっています。

+1(プラスワン)観光!河回村の周辺観光地

 芙蓉台

芙蓉台は洛東江を挟んで河回村の東側にある絶壁です。芙蓉台から見渡す河回村が水の上に浮いている一輪の蓮の花のように見えることから「芙蓉(蓮の花、ここでは河回村を意味する)を見下ろす丘」という意味で芙蓉台と呼ばれています。夏になると対岸に見える万松亭松林から芙蓉台まで綱が引かれ、韓国伝統の花火であるソニュチュルブルノリが行われます。


 花川書院

花川書院は河回村の向かい側にあり、道沿い10分ほど歩くと芙蓉台につきます。柳成龍の兄である柳雲龍の位牌が祭られており、約100年間書院として使われましたが、大院君の書院撤廃令により1868年に撤廃されてしまいました。1996年に廟宇や門楼、東西斎、典祀庁などが復元され、現在は宿泊も可能です。

 屏山書院

屏山書院の前身は豊岳書院といい、高麗からの儒林の教育機関でした。1572年に高名な儒学者である柳成龍がこの地域に遷しました。柳成龍が他界すると彼の学問と人格を慕うものたちが追悼するため1613年に尊徳祠を建てて柳成龍の位牌を奉安し、その翌年の1614年に屏山書院と名づけられました。1868年に大院君が書院に対して下した撤廃令の対象から除外され、現在まで保護されています。書院の前には洛東江が流れ、屏風が広がるように美しい山々がこの屏山書院を取り囲んでいます。

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